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真境名安興生家跡

歴史

沖縄の歴史研究家として知られる真境名安興の生家跡。

基本情報

フリガナ
マジキナアンコウセイカアト
所在地
902-0073 沖縄県那覇市首里桃原町1-16 付近
営業時間
特になし
休日
特になし
料金
無料
駐車場
なし
アクセス
ゆいレール儀保駅下車徒歩約6分

付随情報

学術的詳細
沖縄の歴史研究家として知られる真境名安興の生家跡。真境名家は毛氏(もううじ)池城殿内(どぅんち)の分家で、1875年首里桃原に生まれた。
1891年、沖縄尋常中学校に入学。動機に沖縄学の父とされる伊波普猷(いはふゆう)や照屋宏(てるやひろし)(後の那覇市長)、漢那憲和(かんなけんわ)(後の海軍少将)らがいた。1895年の中学ストライキ事件では、首謀者の一人として伊波らとともに退学処分となったが、後に復学し、1897年中学を卒業した。伊波や照屋らが東京などへ遊学する中、真境名は沖縄に残り、「琉球新報」記者、また首里地区書記などを務めた。1925年には、初代館長伊波の後を継いで第二代の県立図書館長となり、図書館の充実に奔走した。一方で沖縄郷土協会の会長、沖縄史跡保存会のメンバーとして、文化・社会活動も行った。研究者としての真境名は、資料に基づく実証的な研究を行い、伊波との共著で「琉球の五偉人」(1916)、「沖縄女性史」(1919)を著した他、「沖縄教育史要」(1929)、「沖縄現代史」(1937)を刊行した。なかでも、「沖縄―千年史」(1923)は、戦前の沖縄通史の白眉とされ、今日でも高い評価を受けている。
1933年、泉崎にて死去。享年58歳であった。
情報引用元
那覇市歴史博物館