親見世跡
歴史
首里王府時代の那覇役所跡地
基本情報
- フリガナ
- オヤミセアト
- 所在地
- 900-0034 沖縄県那覇市東町23-1 付近
- 営業時間
- 特になし
- 休日
- 特になし
- 料金
- 無料
- 駐車場
- なし
- アクセス
- モノレール旭橋駅より徒歩5分
付随情報
- 学術的詳細
- 首里王府時代の那覇の役所跡。15世紀半ばの朝鮮の『海東諸国紀』の中の「琉球国図」に記される「国庫」は親見世を指すとされ、創設はそれ以前と考えられている。もとは王府が海外貿易で得た貨物を販売する御店(おみせ)だったとされる。1609年の島津侵入の際、降伏会議はここで開かれた。楼門(ろうもん)造りの門前の横には大市(ウフマチ)(市場)が広がる那覇の中心地であった。1638年に上位機関の那覇里主所(なはさとぬししょ)が設置されると、もっぱら那覇四町(東村・西村・泉崎村・若狭町村)の民政を担当した。廃藩置県時には大屋子(うふやく)、筆者など10数人が常勤していた。1876年に熊本鎮台沖縄分遣隊営所となり1884年から1915年まで那覇警察署、その後は山形屋百貨店となっていた。
- 情報引用元
- 那覇市歴史博物館