読谷山御殿の墓
史跡歴史
尚敬王の次男読谷山王子朝憲(ちょうけん)(1745~1811年)およびその直系の墓。クチャ(泥岩)と呼ばれる土の丘に、大きな石材を運び入れて築造した亀甲墓(かめこうばか)と呼ばれる沖縄の墓。
基本情報
- フリガナ
- ヨミタンザンウドゥンノハカ
- 所在地
- 903-0804 沖縄県那覇市首里石嶺町2-68 付近
- 電話番号
- 098-917-3501 那覇市文化財課
- 営業時間
- 特になし
- 休日
- 特になし
- 料金
- 無料
- 駐車場
- なし
- アクセス
- 自治会事務所前バス停より徒歩4分
付随情報
- 学術的詳細
- 文化財(市指定建造物) 指定年月日:昭和59年8月1日
尚敬王の次男読谷山王子朝憲(ちょうけん)(1745~1811年)およびその直系の墓。クチャ(泥岩)と呼ばれる土の丘に、大きな石材を運び入れて築造した亀甲墓。石組の技術が緻密で、袖(そで)と呼ばれる正面左右の石積みが3段になって格式の高さを示している。正面全体の石積みは「布積み」という直線型の大きな石で積まれており、亀甲形の墓室の屋根を囲む石積みの曲線は勾配を低めながら墓前広場を左右から大きく囲む「あいかた積み」の石垣となっている。石造技術の観点から、琉球王府時代の上流階級の墓とされている。 - 情報引用元
- 那覇市教育委員会文化財課(2007)『那覇市の文化財』那覇市教育委員会